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16祇園祭

今年の祇園祭も終わりました。

後祭りは天候に恵まれ、売れ行きも好調でした。

 

 

宵山には、門川市長の訪問もあり、すごい人出となりました

 

 

前祭の巡行日は朝から雨模様でしたが、巡行が始まると止みました

懐かしの新町を辻回しするために並んだ御池通の鉾連です

 

 

後祭りは良い天気でした。烏丸御池から出発に並んだ山連です

 

| - | 16:36 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
今宮神社

 

今宮神社は、一条天皇の御世、紫野に疫病を鎮めるお社として創祀され、新たな社との名である「今宮」と号された。

祭神は、大己貴命(オオムチノミコト・大国主命)、事代主命(コトシロヌシノミコト・大国主命の子)、奇稲姫命(クシイナダヒメノミコト・スサノウノミコトの妻)を祀る。

平安建都以後、都の各地に疫神を祀って疫病を鎮めるための「御霊会」が神泉苑、上・下御霊神社、八坂神社の御霊会(今の祇園祭)などが盛んに営まわれた。「紫野御霊会」もその一つである。

 

 

摂社の疫社(エヤミシャ)は素盞鳴尊を祀り、古代から御霊会が行われていたという。

 

中世武家の崇敬も厚く、室町幕府9代や12代将軍・豊臣秀吉らが社殿修復などを行っているが、とりわけ徳川幕府5代将軍綱吉の生母「桂昌院」は西陣生まれのため崇敬厚く、社殿の造営・今宮祭・やすらい祭の復興などに努めた。また、桂昌院は玉の輿の語源とされている。

 

境内には、織姫社があり、西陣織関係者の祖神とされ、近年は七夕伝説になぞらえた信仰もある。

 

織田稲荷神社は、織田信長ゆかりのお社で、当時今出川大宮付近にあった阿弥陀寺から移設された。

 

阿保賢(あほかし)さんという変わった名前の石は、神占石で伏見稲荷大社のおもかる石と同じく、持ち上げた時軽く感じれば願いが叶うとされている。

 

東南付近にある摂社宗像社の台石は珍しくナマズが描かれている。

 

東門の手前は元禄時代の遺構の橋で、その門前に名物”あぶり餅”の店向かい同士に並ぶ。「一和」は創業約1000年で日本でもっと古い茶店。「かざりや」は約400年。

 

(参考:今宮神社パンフレット、協力:都草)

| - | 07:13 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
申年にちなんで
お正月に行けなかった申年に因んだ神社仏閣の続きです。

日吉神社です。真如堂裏にあります。

入口鳥居横に居る神猿さんです
本殿全景
本殿前

ご存知赤山禅院です。都七福神の福禄寿でも有名です。猿以外の話はまた。

一の鳥居、扁額は後水尾天皇の勅額
本堂
屋根の上の猿です
手水舎の屋根にいる猿です

下鴨神社境内には申餅があります。2011年140年ぶりに復活しました。そんなに甘くなく美味でした。

あけ橋横の茶店


このセットで350円です
申餅の由来です

府下の宇治田原町にある猿丸神社です。寂れた神社かなと思っていましたが、宮司さんも常駐され、結構参拝者もおられました。
猿丸神社参道
参道横にある夫婦猿
本殿・狛猿でした
駐車場にある猿丸太夫の歌碑

トリはやっぱり日吉大社です。お正月はすごい車の行列でしたが、今頃だと駐車場も停め放題でした。

珍しい山王鳥居です
神猿(まさる)
西楼門横の大きい絵馬
西本宮楼門、天正14年(1586)造営と推定
楼門軒下の「マサル」四隅にいます
日吉大社西本宮
| - | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
今年の桜
御室桜も散り初め、今年の桜シーズンも終わりとなりました。3月下旬に咲き誇るかと思いきや、寒の戻りがあり結構楽しめたのでは。個人的には腰痛と府庁のボランティアで近場で終わりました。

六角堂の桜です 意外と知られていません

御幸桜

展望エレベータで境内を撮りました
 
嵐山天竜寺の桜です

法堂前

境内
 
嵐山の桜です 外国人でいっぱいでした

渡月橋を臨む

法輪寺の桜

中ノ島公園の桜

千本北大路にある上品蓮台寺の桜です





定番佐野籐右衛門邸と池の端茶屋の桜です まだまだ元気です





おまけです 昨年福島県から送られ植樹された府庁旧本館中庭の「はるか桜」も花を咲かせました


 
| - | 16:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
京都府庁旧議場
京都府庁では現在観桜祭が催され、土日も開いています。(4月10日まで10:00〜17:00)
中庭の桜もこれからが見頃で、6種類の桜が咲き誇ります。また、今年旧議場が修復されました。本館と議場が繋がっている唯一の構造です。(明治37年竣工の重要文化財です)
 
シャンデリアが当時の形に似せて新調されました。が電球はLEDです。
 
正面の飾りカーテンも新調されましたが、色は資料が残って無く不明です。
 
2階傍聴席より。残念ながら傍聴席の公開は終わりました。
 

 

観桜祭後も一般公開されますので、是非お越しください。(火〜金・奇数土曜)
 
| - | 08:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
意外と知らない清水寺
清水さんへは京都観光の人気第1位であり、誰でも1回は行かれたと思いますが、現在は外国の方が幅を利かせているようです。そこで京都人でも案外知らないことや場所をご紹介します。
 
首振り地蔵です。仁王門前の左、善光寺堂の向かって右に置かれてあります。思いを寄せる人の方角に首を向けて祈ると願いが叶うとか、借金で首が回らなくなった時、首を回すと御利益があるかも。
 
「清水寺」の扁額、ミミズが這ったような字といわれますが、三蹟の一人、藤原行成の作と伝えれています。
 
仁王門の基壇左に「仁王さんのへそ石」と呼ばれる基準点標石があります。明治初め内務省地理寮が全国に設置したもので、京都で現存するのはここだけです。
 
仁王門の柱の腰抜に窪みがあります。もう一方にもあり、片方を指で敲きもう一方で耳を傾けると”かんかん”と音がするそうです。皆がやり始めたので窪みが出来たそうです。
 
岸駒作の虎の絵が彫られています(仁王門南)
 
仁王門東に鐘楼があります。よく見ると何故か6本柱です。
 
三重塔左の道筋に景清の爪形観音灯籠があります。平家残党の景清が鎌倉幕府に捕えられ、獄中で自らの爪で平家再興を祈願して彫ったといわれています。火袋内に観音像らしきものがみえます。
 
本堂東側に弁慶が指で擦った溝といわれている横一条の溝がありますが、実のところ、江戸時代に流行った”夜中のお百度参り”の参拝者の願掛けの後です。
 
納経堂裏ではこの辺りが地層が見られます
 
音羽の滝の右側の道路ですが、この辺りに明治10年、ビール工場がありました。しかし、ビールの味がまだ日本人に合わなかったのか4年で閉鎖されました。

もう知っているよという方もおられるかもしれませんし、他にもまだあります。そろそろ桜も咲きだしましたので、お花見ともどもゆっくりお廻りください。



 
| - | 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
八坂の五重の塔(法観寺)
八坂の五重の塔の早朝特別拝観に行ってきました。法観寺は他にも説はあるが、飛鳥時代に聖徳太子が四天王寺を建立する際、用材を求めて山城愛宕郡に探し求めた。その時この地が勝地として五重塔を建て、仏舎利を安置し法観寺と称した。創建時は清水寺辺りまでが寺地だったという。平安末期に焼け衰退したが、頼朝により再建された。その後室町時代にも焼けるが、1440年、室町幕府第6代将軍足利義教により現在の五重の塔が再建され、応仁・文明の乱ではこの塔のみが焼け残った。高さ46m。







五重の塔初層には五智如来が安置されている。阿しゅく如来(東)宝生如来(南)阿弥陀如来・大日如来(西)不空成就如来(北)。


扉が開いていると、この阿祝如来さまが迎えて頂きます


西方、上の阿弥陀如来と大日如来

周りの壁面や天井も鮮やかさがまだまだ保たれていた。




見事な折り上げ式小組格天井

発掘調査により、五重塔の基壇土は、飛鳥時代の創建当時のままで有る事が確認されており、建立時の「心礎」とそれに載る「心柱」を見られるのはここだけである。


五層まで突抜ける心柱


心礎にのる心柱と舎利奉安孔


塔二層からの東方眺め、木の後ろに霊山観音が見える

周りには、薬師堂(夢見地蔵)があり、太子堂・八坂稲荷神社などが建つ。また、木曽義仲の首塚と呼ばれる石塔も建つ。


境内北方


薬師堂


八坂稲荷神社


木曽義仲首塚

住職の話では、五重塔の周りの土を掘ると、白鳳時代の瓦や土器が出てくるらしい。また、平安時代に塔が傾いた時、験力で塔を戻したのが浄蔵貴所であり、この人は三善清行の息子であり、一条戻橋で父親を生き返らせた人物だ。前回登場した八坂庚申堂を建立し、山伏山の人形のモデルとされる。

この有名な五重の塔、全国に現存する22基の五重の塔で唯一内部を公開し、しかも二層まで上がれ、写真も自由という結構なところである。公開が不定期という事だが、うまく公開にあたれば、ぜひご覧くだされ。
最後に朝一番の五重塔の写真を一枚。





 
| - | 16:32 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
申年にちなんで
明けましておめでとうございます。
今年は申年、猿に縁のある所を廻ってみました。近所の猿田彦神社からです。天神川三条にあり、三条通りと京福電車に挟まれています。市バスの停留所が、京都学園前が出来たため、やたら遠くなりました。
創建は不詳で、祭神は猿田彦大神です。サルタヒコは、日本神話の天孫降臨の際ニニギノミコトの道案内をしたことで「道開きの神」と呼ばれ、「人生の道案内の神」とされていますが、実体はよくわからない謎の多い神さんです。







八坂の庚申堂です。五重塔のすぐ近くにあります。くくり猿は欲のまま走り回る猿に例えて、欲望をコントロールするようにくくり付けられています。




屋根の上には、三猿が


くくり猿が一杯に奉納されている

新日吉神宮、「いまひえじんぐう」と読みます。新は今に同じで、日吉=ひえ は日枝・日吉・比叡に同じです。平安末期、後白河天皇によって新しい日吉神社として創建されました。京都女子大の向かいにあります。






狛猿は何故か網の中に、左右共


本殿背後にある御幣を担いだお猿、遠くて見えにくいが、境内には双眼鏡が置いてあり、見る位置と方角を示してるのですぐに見つかる

鬼門の猿も見てみましょう。ご存知京都御所の猿が辻です。ツアーで案内しました。




幕末の猿が辻の変、あなたは見ていたのか

幸神社、「さいのかみのやしろ」と読みます。寺町今出川上がった処にあります。今は小さな神社ですが、平安遷都の時代には広大な神域を占めており、出雲氏の氏神であったといわれています。鬼門除けとして、猿が辻、幸神社・赤山禅院・延暦寺麓の日吉大社の猿がほぼ一直線に鬼門ラインになります。






東北隅に居るお猿、ここもちゃんと案内板がある


寺町通りの石碑、ここ左に行けば鎮座している

その他にも、上御霊神社前にも猿田彦神社があり、狛猿は哲学の道の大豊神社にありますが、何と猿寺もあります。しかも、京都駅の東、第2タワーホテルのそばです。残念ながら3が日にもかかわらず、申年なのに非公開でした。「見ざる・思わざる・言わざる・為さざる・合掌ざる・持たざる・忘れざる・聞かざる」と、お釈迦さまがお説きになった「八正道」を猿が体で表した八猿があるそうです。














 
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